極真館初代館長 廬山初雄
廬山初雄(ろうやま はつお)は極真空手黎明期を知る大山倍達総裁の数少ない高弟の一人です。
1975年に東京体育館で開催された第1回全世界空手道選手権大会では、海外の大型選手を相手に次々とノックアウトの山を築き、
その強烈な下段廻し蹴りを引き合いに「ローキックの鬼」と称され、多くのライバルたちに畏怖されました。
廬山館長の略歴
1943年3月。埼玉県行田市に生まれる。幼少の頃より空手をはじめとした武道に興味を持つ。
1963年10月。高校1年で池袋の大山道場に入門。大山倍達総裁の下、多くの伝説的な先輩方に揉まれて頭角を現していく。
1964年極真会館設立後、正指導員に就任する。その後極真会館を離れ、ボクシング、キックボクシングを学ぶ。
キックボクシングでは2戦2勝の戦歴を残す。また、意拳の澤井健一氏に師事した太気拳の修練に勤め、さらに拳道会総師中村日出男氏の内弟子としてひたすら武道の真髄を究めようと日々研鑽を重ねる。
数々の試練を乗り越え、1972年、極真会館に復帰。
1973年第5回全日本空手道選手権大会に優勝、真の空手道を目指し新たな一歩を踏み出す。
1980年4月より埼玉県に支部道場を開設し、支部長として後進の指導にあたると同時に、自己の修行に励む。
1990年全国支部長会議副会長に就任。
1994年4月。大山倍達総裁逝去に伴い極真会館の最高顧問・主席師範に就任する。
2002年11月。極真会館を離れる。
2003年1月。新団体「極真空手道連盟 極真館」を設立し館長に就任。武道空手を追求し、さらに青少年の育成に力を尽くしている。
2021年4月。極真館会長に就任